• 津嘉山裕美

有機的であること #1 アートにおけるコンポストー意味を生成する土 

Updated: Jul 22, 2021

[Agriculture] [Art & Culinary]

アーティスト 三原聡一郎へのインタビューと作品への考察

(図1)三原聡一郎〈土の日記〉, REAL DMZ PROJECT, 韓国, 2017 photo:金徳喜

日本語の「文化」は2つの由来を持っているそうだ。その一つは「土地を耕す」という意味のラテン語「colere」。「colere」から派生した英語の「culture」が「心を耕す」という意味で使われるようになり、西欧文化に触れた明治以降の日本では、精神活動に重きをおくものとしての文化や教養を指す言葉として使われるようになったという。もう一つは漢語由来のものだ。こちらは武力に相対する「文」に「化」を組み合わせたものである。


今回紹介する三原聡一郎の「土の日記」(図1)は、言葉の意味の形成をさかのぼって体験させる貴重な作品ではないだろうか。また、”cultivate(耕す) "や “agriculture(農業) "の語源が、"culture"の語源であるラテン語の "colere“であることを改めて考えてみると、アートの手法としてのコンポスト(堆肥化)を通じて、人間と土との関係が興味深く見えてくる。


土を作る方法を知っているだけで、世界の見え方が変わってくるのではないだろうか。


土をつくる方法を知ると、世界の見え方が変わる。あるアーティストの作品を知ったことで私の中にこのような一つの思考が生まれた。

土をつくるということは、身近なところに分解のシステムをつくるということだ。それを毎日観察し、手入れをし、最低限の管理をすることで、生態系や環境への小さな小さな影響を積み重ねていく。


三原聡一郎というアーティストの作品を通して、これらの出来事を追体験した私は、彼の制作とその背景に接近してみようと考えた。2021年5月某日、私は三原家にある制作部屋を訪れ、直接話を聞くことができた。循環を意識した行為を芸術表現として実践する三原聡一郎を、インタビューを交えて紹介する。

取材風景より (筆者撮影)

自然現象とメディアテクノロジーを組み合わせ、生態系へのまなざしを作品化する。昨年の日産アートアワード2020でファイナリストに選出された三原は、人間を含む生命にとって根源的な水の取得をテーマにした作品〈無主物〉を発表した。3.11以降、社会とテクノロジーの関係を考察するために「空白のプロジェクト」を国内外で展開している。他にも音、泡、放射線、虹、微生物、苔、気流、土そして電子といった物質や現象を扱いながら、不可視なものとテクノロジーの融合を通して、人間や環境に相互作用する仕組みを作品に実装してきた。北極圏や熱帯雨林、軍事境界といった極限環境からバイオアートラボといった芸術の中心に至るまで、計8カ国12カ所での滞在制作を行ってきたアーティストである。


三原は近年、土をつくることを題材にした作品を発表している。

「〈土の日記〉, 2017, 韓国」(図1)、「〈自然の監視、自然の生成〉, 2019, 青森」(図2)、「〈余地〉, 2019, 青森」(図3)、「〈土をつくる〉, 2021, online」(図4)は、いずれもコンポスティングによって現地の落ち葉と生ゴミなどから作った土が使用されている。


このうち2つの作品〈自然の監視、自然の生成〉、〈余地〉では、土を青森県内の市民らと共同制作した。作品の一要素となった土に関して〈青森で食べたものが青森で土になる〉 (図5)という制作日誌が作成され、土が出来上がるまでの材料や過程、温度変化が画像とともに日々記録されている。

2017年の作品〈土の日記〉は、北朝鮮との軍事境界線から約7kmにある、韓国 江原道 鉄原郡で、約2ヶ月間の滞在を経て制作されたものだ。上記に紹介した青森県で行なった制作は、この異国の地での経験と観察から発展したものだと三原は当時の制作やその背景について話してくれた。

(図2)三原聡一郎〈自然の監視、自然の生成〉 国際芸術センター青森(ACAC), 2019 photo: YAMAMOTO Tadasu ©︎Aomori Contemporary Art Centre, Aomori Public University
(図5)〈青森で食べたものが青森で土になる〉、記録集 「はかなさへの果敢さ」より。(筆者撮影) 40度以上はハッピーという目安が記されている。
(図3)三原聡一郎<余地> , EARTH 青森県立美術館, 2019
(図4)三原聡一郎〈土をつくる〉オンライン公開, 2021

三原は3.11を契機に日常生活でのオフグリッド実験を始めている。水や電気、トイレなど日々生活する上で当たり前に使っている生活インフラの在り方を考え直したのだ。その一つがコンポストへの関心で、実際に2014年頃より三原の私生活に導入したコンポストを次第に作品制作にも取り入れるようになる。土を作ることそのものを公に制作物とした第1作目が以下に紹介する〈土の日記〉である。


三原 : 「2017年の11月から12月にかけて、韓国の江原道 鉄原郡 にて約2ヶ月間の滞在制作を行いました。ここは北朝鮮との軍事境界線から約7kmに位置する村で、2012年に民間の軍事規制区域から解除され、Korean Demilitarized Zone「DMZ」と呼ばれる非武装地帯です。日本のメディアアート史の研究などで知られる馬定延さんから知り、韓国のDMZで行われているREAL DMZ PROJECTの取り組みに興味を持ちました」。

REAL DMZ PROJECTは、政治的、軍事的にも複雑な状況の中にあるこのエリアを対象にしたアートプロジェクトである。アーティストを招聘し、DMZでのリサーチや滞在制作のほかにも、現代芸術を始め、人文科学や社会科学の分野での対話や議論を生み出すための取り組みとして、多様なプログラムを実施している。韓国 ソウルにあるArt Sonje Center/アートソンジェ・センター が2012年から継続的に運営している民間によるプロジェクトだ。「光州ビエンナーレ 」共同ディレクター、「ドクメンタ13」 エージェント(2012)等、国際展を手がけてきたキュレーターのキム・ソンジュン(光州ビエンナーレ財団理事長)がアーティスティックディレクターを務めている。毎回実施したプログラムのアーカイブを蓄積し、世界中からアクセス可能な情報公開の場を構築している。〈DMZ〉と呼ばれる非武装地帯に向けられる内外からの視線に対してもヒューマニティの回復を図る長期的な活動である。


三原は当時勤務していた山口情報芸術センター(YCAM)の YCAM InerLabを退職した2013年以降、海外のレジデンスプログラムに積極的に参加するようになる。この南北の緊張が続く非武装地帯でのアートプロジェクトに参加するにあたっての動機を以下のように話してくれた。

三原:「東日本大震災をきっかけに母国というものや、国家について考えている中で、帰属意識を一度異国の地で相対化したいという思いがありました。2013年以降はTaipei(台湾)、Belrin(ドイツ)、Plzeň(チェコ共和国)、Perth(オーストラリア)、アマゾン川流域のマナウス市 /manaus(ブラジル)、北極圏のキスピスヤルビ/Kilpisjärvi(フィンランド)など、いろんな地球環境を自分の身体を使って体験することを制作や思考の起点とするようになりました」。


取材風景より Photo rikako kubota

三原:「(REAL DMZ PROJECTへの参加を考えた)きっかけは、当時北朝鮮からのミサイル発射のニュースが報じられていた時に、韓国の知人のアーティストらから話を聞いたりしていると、僕が日本のメディアから知り得る情報とは何か温度差があるような印象を持ちました。可能な限りその場所の近くに行くことで、自分の目で見て確かめてみたいと思い、プランを考え応募しました」。


三原のコンポスティングによる土の制作プランはREAL DMZ PROJECTの2018年度の公募レジデンシーにアーティストとして採択され、朝鮮半島の中部の村での滞在制作が決まった。


三原:現地に到着後、初日にコンポストの容器となるバケツを買いました。まずは落ち葉を掻き集め、滞在した韓国の鉄原郡を毎日彷徨いながら、バケツを持ち歩いて、いろいろなものを集めてはかき混ぜていきました。現地の住民から残飯や米糠を分けてもらったり、近所の畑の余った農作物や牛小屋の牛糞を分けてもらったり。それらをバケツに入れて、日々攪拌作業を続けました。芸術の制作のために、作家が滞在していることは、現地の住民にも事前に説明があって知られていたようですが、彼らはその制作が、まさか土をつくるということ、落ち葉や生ゴミを集めることからスタートするものだったとは思ってもいなかったようです。異国から訪れた人が自分たちの住む場所で土を作るということは、芸術作品の様式やその認識とはかけ離れたものだったのかもしれません」。

三原が現地で入手したバケツとかき集められた落ち葉。Photo: Soichiro Mihara

三原が滞在制作を行った鉄原郡 陽地里は、徴兵制がある韓国に生まれた男性にとって、最前線を意味する地なのだという。さらに滞在制作に向けてリサーチを進める中で自国である日本との間で生じた事実を知ることにもなった。

三原:「応募プランの作成段階で、ここが韓国と北朝鮮との軍事境界であるということに加えて、南北の緊張関係が始まる前に、日本軍が蹂躙した場所でもあることを知りました。その上で、僕に何ができるかを考えた時に、コンポスティングをしようと思い立ちました。それは、鉄原郡の土地性が、政治的にも軍事的にも大きな物語で語られている地だからです。個人の視点が介入する余地がない。ましてや日本人が現地に赴くということ自体にも政治的な意味合いが出てしまう、そんな場所を、私という個人の視点で語るために、土を作り直すような感覚で滞在制作を行いました」。

三原:「実際にコンポスティングの材料を集めるために、この土地を一人でたくさん歩きました。争いによって長年人間の営みが制限されてきた土地なので自然は豊かでした。植物や動物の視点では、生態系のバランスは悪くなっていないんだな、と感じました。歩ける範囲で材料(有機物)は手に入れられましたが、少し外れたところに行くとすぐ越境者を見張る検閲所があったり、地雷が埋まっていますよ、という注意看板が目につきました。そういう環境も身近に感じることができました。地雷を意味する韓国語はすぐ覚えましたね。ここは、実際に多くの血が流れた場所でもあり、そこでコンポスティングをやって肥料として土に還す、ということをやって生命のサイクルに繋げることをする。このことで、血塗られた土地として語られるこの地の歴史とは対極の物語を作ることができるのではないか、と考えました」。

三原が滞在制作を行った鉄原郡 陽地里の風景。現在は希少な渡り鳥の繁殖地としても知られる。鳥の群れの奥には北朝鮮を臨む。絶滅危惧生物種が数多く生息する地となっている。画像右下は天然泉水 セムトン(湧出数)を活用したわさびの栽培施設。 Photo : Soichiro Mihara
Photo:표선미

三原が有機物を求めて日々発見し、住民たちと交流しながら行動した時間の流れがコンポストバケツの中の一つの空間に折り畳まれ、小さな分解の世界を作り出した。攪拌作業はその小さな世界に生息する土の中の生命である好気性の微生物たちに酸素を送るためだ。有機物が土になる過程では、分解者である微生物の活動によって、人間の体温を超えるような熱エネルギーが発生する。これは、分解の促進と微生物の状態のパラメーターでもある。三原が掻き混ぜ続けたバケツの中からは、いつしか湯気が立ち昇るほどになった。

朝鮮半島の中部に位置する鉄原郡は韓国で最も寒さの厳しい地域であり、厳冬期には-20度を下回ることもあるという。土が凍るほどの極寒の地を体感した三原は、ものすごい寒さだったと振り返る。

三原:寒さから命を守るためには灯油が切れたら危険だから、灯油の残量を細かく確認し注意するように主催者側から言われていました。室内はオンドル(かつては石炭や薪で火を起こし、その煙を床下に通して床を暖める伝統的な暖房設備。現在では灯油式の床暖房も含まれる)があるけど、韓国の北部でも北は本当に寒いんだなと痛感しました。


人間の生命に関わる危険な寒さ。そのような環境下で電気でも火でもなく、微生物の活動による熱エネルギーからはどんな温もりを感じることができるのだろう。毎朝の換気のために凍てついた外気を室内に取り込む。攪拌を続けるバケツの中から立ちのぼる湯気に、三原はまるで炊きたてのご飯を見るような感覚にもなったそうだ。

このように、滞在制作地で土を作るという行為を材料の調達にまで遡ると、土地の要素が一つのバケツに集約されていることがわかる。落ち葉、食べ残し、余った作物、牛の糞など、三原が土を作るために集めた材料から韓国 鉄原郡の風土を知ることができる。また、三原の作品はこの土地の日常的な食生活や生命維持のための素材から生み出された出来事(イベント)でもあり、芸術的手法として作られた土は一種の記憶媒体ともいえる。三原が有機物を土へと堆肥化していく過程を知ると、この地の土の帰属が歴史や国家ではなく、今この土地に住む人々のものであると感じられるだろう。当事者ではない視点からも、帰属の捉え方に変化が生まれているのは興味深い現象だ。

この滞在期間を通して出来上がった土からは、三原のこの土地の循環への関与、そして住民や微生物との協働関係が浮かび上がる。自然環境との関わり、相互作用を大切にしている三原の制作を通して作り変えられた土の存在は、この土地の重い歴史だけでなく生命の循環の物語をも感じさせるものとなっている。

最終的に、この土は肥料として地元の人々に配布され、この土地での次の生命のサイクルに戻された。このように三原は地域の生態系に着目し、そのシステムをアートとして応用した。それは同時に、開かれたシステムとしてのコンポストが、現代において農業や廃棄物処理以外の目的で活用されることで、新たな意味を生成し、物事の内容を再生(回生)させる方法となりえることを示唆している。


三原の〈土の日記〉は、人間と微生物、現象と歴史の関係性を結び直すように制作された作品だ。それは作品を通した生態系のコミュニケーションの基盤を耕して培う(土養う)行為とも言えるだろう。土と人間の関係から生み出された一つのリアリティ(現実)が見えてくる。

photo:Soichiro Mihara

三原聡一郎 Soichiro Mihara


1980年 東京生まれ 現在京都府在住

2004年 多摩美術大学情報デザイン学科卒業、2006年 情報科学芸術大学院大学 [IAMAS]修了

山口情報芸術センター InterLab勤務を経て作家活動を本格化させる。


世界に対して開かれたシステムを提示し、音、泡、放射線、虹、微生物、苔、気流、土そして電子など、物質や現象の「芸術」 への読みかえを試みている。2011年より、テクノロジーと社会の関係性を考察するために空白をテーマにしたプロジェクトを国内外で展開中。


主な個展に「空白に満ちた世界」(クンストラウム・クロイツベルク/ベタニエン, ドイツ 2013、京都芸術センター 2016)、主なグループ展に、「はかなさへの果敢さ」(国際芸術センター青森 [ACAC]、2019)、「青森 EARTH 2019:いのち耕す場所 -農業がひらくアートの未来」(青森県立美術館)、「恵比寿映像祭 2020」、「対馬アートファンタジア」(長崎県対馬市, 2016−2021)、「オープン・スペース 2017 未来の再創造」(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC], 2017)、「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」、「札幌国際芸術祭 2014」(芸術の森有島旧邸, 2014)など。展覧会キュレーションに「空白より感得する」(瑞雲庵, 2018)。共著に「触楽入門」(朝日 出版社、2016)。アルス・エレクトロニカ、トランスメディアーレ、文化庁メディア芸術祭、他で受賞。プリアルスエレクトロニカ 2019 審査員。日産アートアワード2020ファイナリスト。また、方法論の確立していない音響彫刻やメディアアート作品の保存修復にも近年携わっている。

http://mhrs.jp/



次回「有機的であること ♯2 三原聡一郎 分解の世界へのまなざし (予定)」につづく。