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  • 中島朋

宇宙食から未来の食を考える

Updated: Sep 10, 2021

[Universe]

現在、7名の宇宙飛行士が国際宇宙ステーション(ISS: International Space Station)に滞在している。そのうちの一人が、星出彰彦宇宙飛行士だ。星出飛行士は、今回が三度目の宇宙飛行であり、日本人として2人目のISS コマンダー(船長)を務めている。 2022 年には古川聡飛行士が、2023 年には若田光一飛行士による ISS 長期滞在が予定されており、日本人宇宙飛行士の定常的な滞在におけるさまざまな成果が期待されている。


ISSは地上400キロメートル上空に位置し、特殊な環境を活かしたさまざまな実験が行われている。船内は、地上の100万分の1から1万分の1という微小重力環境であり、さまざまな宇宙放射線が多く飛び交っている。船外はほとんど大気がなく、地上の100億分の1という高真空な環境だ。この環境を活かし、宇宙空間における人体の影響や物質のふるまいの変化、植物栽培や創薬にもつながる生命科学などの実験が日々行われている。


約20年前にISSでの長期滞在がスタートしたが、この先の未来では新たな活動先として月に光が当てられている。例えば、2024年頃には月面有人探査を行う「アルテミス計画」や、2028年頃には月の周りに有人施設を建設する「ゲートウェイ計画」が予定されている。さらに、月面に町をつくる計画をたてている民間企業もある。そのような未来における、宇宙での食とは一体どんなものなのだろうか。


まずは今回は、現在のISSにおける宇宙食と、地上における食とのつながりについて紹介する。

国際宇宙ステーション(©JAXA/NASA)

■宇宙での食事

宇宙食とは、宇宙滞在中に飛行士に提供される食品のことである。地上と同様に、体の健康を維持するための役割があるが、それだけではない。ISSでは常時6名ほどの宇宙飛行士が滞在しており、文化の異なる飛行士たちと約半年間にわたって閉鎖空間で暮らすとなれば、多かれ少なかれ精神的なストレスも溜まる。そこで、心の健康も保つものの1つとして、宇宙食がある。地上で慣れ親しんだ味の宇宙食を食べることで気分がリラックスしたり、精神的ストレスが低減されることは仕事のパフォーマンスの向上にもつながる。つまり宇宙食は、宇宙飛行士の心身の健康をサポートするだけでなく、ミッションの成功にもつながる重要なものであるということだ。

感謝祭の日の食事。宇宙食のターキーも食べる。(©NASA)

宇宙に食品を持っていくためには、いくつかの条件を満たす必要がある。例えば、常温で1年半以上の長期保存が可能であったり、船内の電気系や空気清浄度に障害が生じないように食品の飛散防止への工夫や、容器も燃えにくいものでなければならないなどである。また、宇宙食は「ISS FOOD PLAN」という基準文書に沿って提供されることになっている。これには飛行中に必要となる栄養素のことや衛生基準、保存試験などが示されている。


現在、提供されている宇宙食は約300種にものぼり、そのほとんどがアメリカやロシアが開発したものである。初めて人が宇宙で食べ物を口にしたのは、1961年のユーリ・ガガーリン飛行士だ。初めて宇宙飛行を成功させたことで有名だが、その時彼はチューブに入った牛肉とレバーのペーストと、デザートにはチョコレートソースを食べたといわれている。当時は歯磨き粉のようなチューブに入った宇宙食が主流だったが、その後研究が進み、水やお湯を加えて食べる加水食品や、そのままでも調理機器を使って温めても食べられるレトルト食品など、さまざまな形態の宇宙食が登場した。今では、日本やヨーロッパが開発した宇宙食も提供されるようになった。

1962年、アメリカ人として初めて宇宙飛行を行ったジョン・グレン氏が食べた宇宙食。牛肉と野菜のピューレが詰められている。(©Smithsonian Institution)
よく眺めてみると、日本語で書かれた宇宙食もある(©NASA)

宇宙飛行士は、地上と同じく1日3食の食事をとる。メニューは、16日間でローテーションになるようにパッケージになって提供され、あらかじめ飛行士は、打ち上げ前にメニューを選べるようになっている。下の表は、2010年に山崎直子宇宙飛行士が宇宙飛行を行った際に食べたある日の食事メニューだ。ちなみに、NASA(アメリカ航空宇宙局)が提供するコーヒーは、一般的なコーヒーとカフェインレスコーヒー、さらにブラック、クリーム入り、クリーム砂糖入り、砂糖入りなど細かく種類が分かれており、コーヒーだけでも10種類以上になる。

山崎直子宇宙飛行士のある日の食事メニュー B:飲料 FF:フレッシュフード R:(温)水を加えて調理する T:加熱処理 NF:自然状態でパック

宇宙食として認定されているもの以外に、ボーナス食といってNASAの基準をクリアした市販の食品も持っていくことができる。最近では、野口聡一宇宙飛行士がボーナス食としてハチ食品の「カレー専門店の彩りのカレー」を持参し、SNSで注目を集めていた。


宇宙食は加工食品がほとんどだが、時折新鮮な野菜やフルーツも食べることができる。それは、実験試料や機器を輸送する補給船によって、定期的に届けられるからだ。例えば、日本の補給船「こうのとり(HTV)」では、宮城県産のパプリカや愛媛県産のレモンなどがISSへと運ばれ、飛行士たちに大変喜ばれていた。

宇宙ステーション補給機「こうのとり」9号機(HTV9)に搭載された生鮮食品(©JAXA)

冒頭でもふれたようにISSでは、植物に関する実験が行われており、一部の栽培した植物(野菜)は実際に宇宙飛行士が食べることもある。この実験は、頻繁に補給船で食品を運べないような、火星有人探査における食料生産にも役立てられると考えられている

植物栽培に関する実験(©NASA)

■宇宙食と地上での食とのつながり


ここまで、現在の基本的な宇宙食について触れてきた。宇宙食は、「宇宙飛行士のための食事」という印象が強く残ったかもしれないが、実は地上に暮らす私たちとも接点がある。例えば、人を月に送るアポロ計画時代に、「ハサップ(HACCP:Hazard Analysis and Critical Control Point)」と呼ばれる食品衛生管理の方法が確立された。宇宙食の安全性の確保が目的となって定められたもので、今日では地上における食品衛生管理の国際基準としても採用されている。日本では2021年6月より、ハサップがすべての食品等事業者に義務化された。一見、宇宙食と地上での食ではつながりがないように感じられるだろうが、実際に宇宙食開発の成果の一つが地上における食品管理方法として応用されているのだ。また、宇宙食は防災食としても注目されている。この話は、またの機会に詳しく紹介したいと思う。



■さいごに


さて、人が定常的に月に行ったり住んだりするような未来では、宇宙食はどのように変化しているのだろうか。宇宙食のバリエーションがさらに増えることも考えられるが、月面に植物工場が建設されたり、そこで採れた野菜をロボットが調理していたりなど、食の新しいスタイルが生まれているかもしれない。想像するだけでも、とてもわくわくする。


宇宙食に限らず、現在地上ではさまざまなテクノロジーを活用した食品開発や市場での実践が行われている。それらの知見を宇宙での食に活かすことも十分考えられるだろう。次回以降、未来の食の可能性を、宇宙という切り口から紹介していきたいと思う。



【参考】

・田島眞,宇宙食―人間は宇宙で何を食べてきたのか,共立出版,2015.

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