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  • 綾塚達郎

種苗法の改正の概要と見逃されがちな論点

[Agriculture]

農林水産省「種苗法の改正について」



2020年12月2日、種苗法の一部を改正する法律が成立した。2021年4月1日には、改正の一部条文が施行された。この改正は、日本で開発された優良品種が海外へ流出することを防ぐ手立ての一つとして行われた。優良品種の開発には長い年月と労力がかかる。その優良品種がいつのまにか海外で栽培され、別の名前で売られ、挙句に各国へ安く輸出入されている現状がある。改正によってこうした状況が少しでも改善するのであれば、ぜひ応援したいところだ。


一方で、今回の改正に対しては、SNSをふくむ各種メディアを通じて反対意見も多く散見された。改正に対して議論が起こるのは、農業に関する問題に社会の目が向くよい機会であると思う。しかし、今回の議論は、現場感がなく、噛み合わない議論が多かったように私には思えた。


こうした議論のひとつに、農家による作物の自家増殖が一部制限に関する話題があった。種の採取や挿し木など、各農家における次のシーズンに向けた増殖が、開発者の許諾なしにはできなくなった、ということだ。ここで留意しておくべきことは、制限の対象となるのはあくまでも登録品種のみであるということだ。「あきたこまち」や「とちおとめ」といった、開発者の権限登録をそもそも国へ正式に申請していないものや登録が取り消されたものは一般品種といい、自家増殖は改正後も認められる。


今までは自家増殖が自由だったため、海外流出の温床となっていた。これに法的な制限を加えられるようになったことで、監視を厳しくできる。一方で、自家増殖は農家の伝統的な権利だから良くないのではないか、いちいち許諾料を払うのは農家の負担になるのではないか、特定の品種開発者が日本の農業を支配するのではないか、といった反対意見が出ていたのだ。


こうした反対意見については、冒頭の農林水産省のページにQ&Aの形で回答があるので、そちらに譲りたい。ここでは、農業現場に関する別の論点を二つ話しておきたい。


一つ目は、そもそも農家は種や苗を毎年買っていることが多いということだ。これにはいくつか理由があるが、その一つに雑種強勢(ざっしゅきょうせい)という現象を利用していることが挙げられる。雑種強勢とは、親となる2つの植物を掛け合わせると、その子どもは両親よりも優れた性質をもつ、という現象だ。余談だが、雑種強勢のメカニズムは謎が多く、まだわかっていない。他にも、たとえばジャガイモなどで用いられる苗としてウイルスフリー苗というものがある。特にイモなどでクローンのように増える植物は、ウイルス感染を次世代へ持ち越してしまうことがよくある。そのため、親株の体からウイルスに感染していない細胞を取り出し、それを培養して苗としたウイルスフリー苗が役に立つ。このウイルスフリー苗を農家が作るには手間がかかるので、種苗会社から購入するケースが多い。


二つ目は、種苗法の議論で出てくる農業現場の設定が曖昧な点だ。対象作物はイネなのか、ダイコンなのか、ブドウなのか。地域はどこなのか。たとえばこうした基本的な情報がなく、「農家」や「作物」といった大きな言葉だけで種苗法が語られるケースがあまりに多い。農家の農業スタイルによっては、種苗法改正の影響をまったく受けないことも少なくないのだ。


このように議論が農業現場のようすを捉えたものになっていないのは、生産現場と消費者の間に距離があることが大きな理由ではないかと思う。種苗法の改正が対象とする課題の範囲は広いからこそ、現場感のない机上の空論にならないよう注意したい。


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