• 綾塚達郎

タネ屋から見た三浦半島の農業~これからの野菜に求められる特徴とは~

[Agriculture]

私たちが食べる野菜の一つ一つをたどると、最初は一粒のタネから始まっている。野菜の特徴は環境や育て方だけでなく、タネがそもそも持っている特徴に大きな影響をうけている。そのため、味や形、育てる場所や農業のスタイルに対応し、さまざまなタネが流通している。一方で、私たちがふだん目にする主な情報は、「キャベツ」や「トマト」といった大雑把な名前と産地名くらいだろう。実際はどんな特徴を持っていた野菜なのか、くわしく知る機会はなかなかない。そこで、タネを扱う現場を知れば、農業のことをもっと知ることができるのではないだろうか。


今回、株式会社ミヤサカのタネの経営に携わる宮坂和彦さん(以下、和彦さん)と宮坂直人さん(以下、直人さん)に取材した。株式会社ミヤサカのタネは、神奈川県三浦市の三崎口駅最寄りの場所を拠点とし、三浦半島の農家へタネを供給しているタネの小売会社だ。

(取材日時:2021年6月7日)

株式会社ミヤサカのタネ 所在地:神奈川県三浦市初声町三戸3番地4 会社HP:http://www.miyasakaseed.com/index.html (撮影日時:2021年6月7日)
左:宮坂直人さん 右:宮坂和彦さん (撮影日時:2021年6月7日)

農業現場を支えるタネ屋の仕事とは


タネ屋(※1)の仕事内容を大きく分けると以下の図のようになる。ミヤサカのタネでは小売業が主な仕事だ。


※1:本稿では種苗会社のことをタネ屋と表現した

一般的に、開発・生産、問屋、小売と経てタネが農家へ届く。例えば、園芸用植物のタネの袋でよく見かけるタキイ種苗やサカタのタネといった会社はどちらかというと開発・生産に力を入れているイメージだ。ただし、会社によっては複数の機能を担っている場合もある。ミヤサカのタネは「黒崎三浦」というダイコンの新品種を開発した点において、開発の側面も担っている
ミヤサカのタネが開発したダイコン「黒崎三浦」のタネ (撮影日時:2021年6月7日)

農家と直接やりとりすることが多い小売業は現場に近い仕事とも言える。


「三浦市や横須賀市南部の農家を中心に、おおよそ800件から1000件の取引先があります」と和彦さんは話す。そしてなんと、4名ほどで取引先を分担し、タネやその他資材の商談、注文、集金を行っているそうだ。


「農家は日中、畑に出ていることが多いので、昼休憩の時間に訪問します。取引について話したり、必要な資材を届けたりします。また、そこで農業現場のことを勉強させてもらっています」

宮坂和彦さん (撮影日時:2021年6月7日)

三浦市や横須賀市は春キャベツと秋冬ダイコンの指定産地(※2)となっている。そのため、それぞれのタネの発注作業を行う超繁忙期が上半期と下半期に一度ずつやってくるのがミヤサカのタネの通例となっている。例えば、秋冬ダイコンをまく8月~10月に先駆けて6月初旬に一気に注文をとり、7月に入荷作業を行うといった具合だ。

秋冬ダイコンのタネを扱う大まかなスケジュール例。取引先が多いため、注文作業を行う5月6月は超繁忙期となる

※2特に消費量が多い野菜を定め、また、安定供給ができるように大規模生産を行う土地を国が定めている。

(参考)野菜生産出荷安定法:https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/yasai/y_law/


三浦半島の農業の特徴


ミヤサカのタネでは、タネをまく時期になってからの追加注文も多く受け付けている。三浦半島には不規則な形の農地が多く、タネの必要数を正確に計算するのは難しいからだ。例えば、狭い、きれいな長方形ではない、傾斜地が多いといった傾向がある。


一方で、農地が狭いという特徴のおかげで、管理が隅々まで行き届きやすいというメリットもある。保温、遮光、虫よけや風よけとして寒冷紗(かんれいしゃ)という網をかける農作業があるが、こうした手間は面積が広い農場では難しくなる。

寒冷紗がけの様子。丁寧に張られている。芽が生えたばかりの弱い苗を守るのに欠かせない (写真提供:宮坂和彦様)

「三浦の農家は土地をすごくきっちりと使いますね。本当に土地を無駄にしない」


取材の道中、見かけた農地のほとんどが歩道との境界ギリギリまで野菜を植えており驚いたのを覚えている。また、限られた農地の中に野菜をぎっしり植える。ダイコンでいうと株と株の間を25cmほどとることが多いが、場合によっては15cm~18cmほどまで詰めるそうだ。そのうえ、キャベツやダイコンの栽培シーズンの間にはさらに別の作物を栽培することもある。三浦の農業は土地を高密度にフル活用することで成り立っている。


しかし、ここまで高密度に土地を利用しても土は良い状態を保てるのだろうか。一般的に、野菜が栄養を吸い取るほど、そのぶん土の栄養は偏りやすくなる。また、同じ野菜が集まっていることで、その野菜を好む病害虫が集まりやすくなる。こうした現象を連作障害といい、土のケアをしなければ年々同じ野菜をつくるのが難しくなる。


「三浦半島の土は火山灰由来の良質な土です。さらに発病抑止土壌といって、連作障害が出にくい土です」


発病抑止土壌が連作障害を防ぐメカニズムについてはまだわかっていない部分も多い。一方、特にダイコンにおいて、この土の特性は強力な味方となっているのは確かなようだ。三浦半島は昔からダイコンの生産地として有名で、場所によっては約70年もダイコンを毎年作り続けているそうだ。


もちろん、発病抑止土壌の特徴が三浦半島の農業のすべてを物語るわけではない。そもそも火山灰由来の土には、野菜の生長に欠かせない栄養素であるリンが不足しやすいという欠点もある。この欠点を、三浦半島の農家が長年丁寧に肥料を与えることで克服してきた。ほかにも、年間を通じて暖かい気候など、土以外の特徴もある。さらに、各農家の勤勉さによるところも大きい。狭い土地をフル活用するということは、その分よく野菜を観察し細かく手をかけなければいけないということでもある。年間を通じて複数種類の野菜を育てるには緻密な計画と準備も必要になってくるだろう。三浦半島の農業が日本の大事な野菜生産地となっているのは、その風土と農業に関わる方々の努力によるものなのだ。


最近の野菜のトレンド


新しい特徴をもった野菜が毎年たくさん開発されている。そして、開発にはトレンドがあるそうだ。


「少し前までは甘いものがよく開発されていました。その次に、食感が良いもの。最近では見映えを意識したカラフルなものもよく出てくるようになりました」


カラフルなカリフラワー 出典:jp.freepik.com(https://jp.freepik.com/photos/food)

飲食店などでは特にSNSでの口コミが重要だ。カラフルな野菜の需要が増しているのは容易に想像できる。一方で、三浦半島の農業は飲食店向けの個性的な野菜だけではない。むしろ、スーパーなど一般市場向けの、たくさん生産しやすい特徴をもつ野菜への需要が根強い。


「同じ野菜を多く作る農家にとって、野菜の大きさや形がそろいやすい特徴をもっているのが重要です。ものすごい数の野菜を積むと、微妙な形の差によって作業性が変わってきます」


出荷にあたり、野菜1つ当たりの大きさや形、重さなどの基準が決められており、この基準を規格とよぶ。育てた野菜の規格が不揃いな場合、収穫や調整・管理、箱詰めが大変になる。加えて、流通の段階では価格にも大きく響く。小さすぎては商品にならず、大きすぎても逆に買い取ってくれない(スーパーで特別に大きな野菜が売っていたとしても、持って帰るのが大変なうえ食べきれない、といったことになりそうだ)。そのため、ちょうどよい規格の野菜を多く育てるのが農家の収入を増やすことに直結する。


また、規格だけでなく、収穫時期が揃うことも大切だ。収穫作業が予定どおりの日付に一気に行えないと適切な出荷のタイミングを逃してしまうことにつながりかねない。これには、野菜の育ち方が均一であることに加え、タネをまくタイミングの影響も大きい。


「例えば、9月10日にダイコンのタネをまくはずが、1週間ずれて9月17日にまいたとすると、収穫時期が1か月ずれこむこともありえます」


タネまきが1週間ずれるだけで収穫時期が大きくずれる理由は、それぞれの気候条件の違いによるところが大きい。例えば、9月時点ではまだ暖かい気候が続いているが、冬に近づくにつれ寒くなる。そうすると生育スピードはゆっくりとなるため、同じ大きさにたどり着くには時間が長くかかり、収穫の遅延期間も長くなる。

気候条件の変化などにより、種まきの時期の差が収穫の時期のころには大きな差になる

「さらにここ数年、極端な気候が続いています。こうした気候に生育が左右されにくい特徴をもったものが人気です」


先ほど、タネまきの時期が1週間ずれる影響について書いたが、暖冬によって気温が高い場合、逆のことが起こりうる。つまり、いつも通りタネまきしたことで、予想していた収穫時期には野菜が大きく成長しすぎた、といった例だ。この場合、規格の考え方により、予想よりも野菜の価格が下がってしまうことにつながる。


また、他の例では降水量も極端になってきている。例えば、11月~12月にほとんど雨が降らなかったせいで土が乾燥して硬くなり、ダイコンの形が歪むようなことがあったそうだ。逆に、9月~11月に雨が降りすぎて病気が出やすくなることもあったそうで、ここ数年の極端な気候のようすがわかる。

8月~12月の月ごとの合計降水量のグラフ。黒い実線が1991年から2020年までの平均値。青色の破線が2018年、オレンジ色の破線が2019年、黄色の破線が2020年の値。平均値に比べ、2018年、2019年、2020年のデータが大きくジグザクしている

私たち消費者が目にする野菜の特徴も時代ごとに変化する。それに加え、農業現場の環境変化や流通の仕方によって、より多くの特徴が野菜には求められているのだ。


おわりに~タネ屋は農家と運命共同体~


取材の最後、タネ屋の仕事について和彦さんはこのように話した。


「タネ屋は農家が儲かってもらわないと成り立たない仕事。なので、農家の皆さまと運命共同体だと思っています」


今回の取材を通して、「農家と運命共同体」という言葉の通り現場に限りなく近く、かつ三浦半島の一部地域を俯瞰するようなイメージで農業現場の情報を知ることができた。国がまとめた統計データやさまざまなニュースなどで農業の大きな動きを知ることはできる。一方で、現場の肌感覚のような情報から離れすぎると、どうしても抜け落ちる実情というものが存在する。大きな動きの情報と現場情報の間をつなぐようなお話を聞くことができたのは大きな価値であったと思う。また一つ、農業現場と私たち消費者をつなげてくれたミヤサカのタネの宮坂和彦さんと宮坂直人さんにあらためて感謝をし、今回の記事の終わりとしたい。